北満のシリウス
八月七日 午後三時四十分頃 ハルビン キタイスカヤ 喫茶店マルス
「かつて、いっぱいおった日本人の馬賊頭目は、全員、関東軍の満州政策に協力した。じゃが、あの上山雪舟という男だけは、一度も関東軍の手先にならなかった。
そして、日本人社会に背を向けて、住人達の味方をしおった。じゃから、日本軍やその他の日本人達は、奴を裏切り者、そして日本人匪賊と呼んだんじゃ」
「でも、それって、日本人の側から見て悪者になったってことでしょう? お姉ちゃん、私、前からずっと思っていたことなんだけど、日本軍がやっていることって、本当に、みんなが言っているように正しいことなのかな?
学校じゃ五族協和なんて教えられるけど、中国人や朝鮮人の友達と接してて、何か違和感を感じるの。日本軍の軍人が、中国や満州の人達にひどいことをしたっていう噂も聞いたことがあるわ」
ハルは、窓の外を見つめた。
「そうね……。日本で聞かされていた話とは、どこか違ったわね……」
みんな沈黙した。少しして、ハルが口を開いた。
「でもね、さっきは本当に腹が立ったわ! あの、人を馬鹿にした態度。あのカミヤマ……」
「上山雪舟じゃ」
「そう、その上山雪舟! 二度と会いたくないけど、もし、また会うことがあったら、とっちめてやるんだから!」
ハルは、そう言って、右手拳を握りしめ、ふくれっ面をして見せた。
ナツが心配そうな顔をした。
「お姉ちゃん……」
だが、次の瞬間、ハルは、パッと明るい顔になった。
「と、言いたいところだけど、おいしい物もいっぱい食べたことだし、満足、満足! 次は、いよいよ松浦洋行のドームよ。そうでしょ、ナツ!」
「そうこなくっちゃ!」
ナツは嬉しそうだった。
「さあ、行きましょう? みんな食べ終わったかな?」
そう言って、ハルは、全員の皿を見回そうとした。
その時、アキオが叫んだ。
「お前、何やってるんだよ!!」
ハルは、隣に座っているアキオとフユに目をやった。
「まあ! フユ! どうしたの……」
フユは、口のまわりをケーキのかけらだらけにして、膝の上にケーキの固まりを落としていた。
「大きくて、お口に入らなかったの……」
「あらあら、せっかくのお洋服が台無しね……」