大学生になって一度も帰省していないので、故郷を感じるのは久し振りだった。ただ、実家を拒絶している国生にとって、郷愁は複雑で受け入れがたい感情でもある。せっかく離れて暮らしているというのに、あの母のことを思い出しそうになって慌てて頭を振った。

「そういえば、熱心に何を書いてたんだ?」

緊張がほぐれた様子の世理は、独特のたどたどしい口調で率直に応じた。

「子供向けの、物語。童話作家、目指してるから」

「どうりで課題っぽくないわけだ。それで、どんな話?」

大して興味はなかったが、質問した手前、訊かないわけにもいかない。

「──ほんとに、知りたい?」

表情を硬くした世理は、閉じていたノートの表紙を丁寧に捲った。誰かに自分の物語を披露するのは初めてなのだろう。彼女はゆっくりとページを進めながら、そこに描かれている別世界を面映ゆそうに語っていく。

それは、森の大木のうろに住むリスの物語だった。あらすじを聞いて最も印象的だったのは、主にリスの少年を描くものの、主人公がそのリスだけではないことだった。

「どんぐり? よく林に落ちている、あの木の実が?」

「そうだけど、違う。クヌギのどんぐりの中に住んでる、小さい芋虫。子リスに拾われて、魔法のどんぐりと名乗る。それで、一緒に暮らす」

「魔法のどんぐりというと、空でも飛ぶのか?」

「飛ばない。動けない。何もできない。でも、喋る。どんぐりに成り済まして、芋虫が」

「へえ、面白そうだな。それで、最後はどうなるの?」

ここまで気安く答えていた世理が、この質問には渋い顔をしている。