「相手はカザルス様だ。無理を言われて、はいそうですか、と応じるようなお方ではないから安心しろ」
バルタザールは、ラフィールの深刻そうな顔を笑った。
ジェロームは花を蹴り散らかした。久しぶりに帰った彼のために乳母が気を利かせて床に撒いておいたラベンダーの穂だ。それが気に入らないというのではないが、むしゃくしゃした気持ちのまま部屋に戻って、収まらない鬱憤(うっぷん)を花にぶつけた。
薄紫の花は清涼感のある香りを部屋に放ち、そんな自分に取り合わずにふふと笑っているようだ。八つ当たりする自分の愚かしさを余計思い知らされた気がして、ジェロームは苛立った。
――弱気な! なぜ我らがいつまでも下手(したて)に回らねばならぬのか!
ジェロームの頭の中を、先ほど交わした父とのやり取りが駆け巡る。王家もこの家も、もとを辿れば同じ家系だ。
先代、つまりジェロームから見た祖父たちは兄弟で、この国の統一のために鞍(くら)を並べて戦った。長兄が玉座に着いて、弟だった祖父がプレノワールを預かったが、長兄は遠い縁者の目下の家から妻を娶(めと)り、弟の祖父は異国の王女を妻に迎えた。
王女だった祖母は、自分が生まれるよりもずっと前に亡くなってしまったが、家系には彼女の国の気品と伝統と美の系譜が残された。
あんな野暮な連中など……。ジェロームは十五の時から、もう九年間もシャン・ド・リオンのアンリの側にいて、自分がそこに馴染んでいけないことを嫌というほど思い知らされている。
およそ領主の暮らしはどこも同じと思っていたが、音曲(おんぎょく)の調べ、小鳥の囀(さえず)りに耳を傾けて育ったジェロームにとって、あそこの毎日は気が触れたような大騒ぎの繰り返しだ。
無教養で野蛮。あれでも王家の一族か? ジェロームは納得のいかない思いをずっと腹に溜め込んできた。