第一章 新生
「そのジェローム様が、何であんなに不機嫌そうだったの? むっとしているみたいだったよ」
バルタザールから一通りの経緯を聞いたあとでも、ラフィールはさっきの青年のあからさまな様子が腑に落ちない。
「まったくお前って奴は、人の顔見りゃいつも、何で何でって、まるっきりのガキだなあ」
ヴァネッサの民は世間と触れ合うことがなかった分、ややもすると下心もなければ遠慮もない。妙な気を回さず好奇心に素直だ。呆れた顔をしながらも、バルタザールはそんなラフィールの天真爛漫さを結構可愛いと思っている。
「まあ、それにはお前たちヴァネッサの民がまんざら無関係ってわけでもないんだ」
「え! 僕らが?」
ラフィールは目を丸くした。
「ギガロッシュは、このプレノワールとアンブロワの間に位置しているし、お前らがこっちへ出てくるにあたってはカザルス様が音頭を取られたのだから、ここに村人を受け入れるのは当然のことだ。最初は周辺の諸国も、あんな魔境の民なんぞを物好きに受け入れて、カザルス様は何をお考えだと訝(いぶか)っていたのだがな、今になって、ヴァネッサの民が実はえらい宝だったということにやっと気づいたのさ」
「僕らが……宝?」
ラフィールはぽかんと口を開けた。
バルタザールは、何も知らないラフィールに、ヴァネッサの技術や産物が今やどれほどの利益を生み出しているか、それを狙ってくる周辺諸国の思惑に、カザルスがいかに迅速に手を打ったかを話して聞かせた。
「シャン・ド・リオンのアンリ様だけは、それでも他とは違うとでも思われるのか、しつこく利権の一部を渡せと言ってくるんだ」
「ということは、ジェローム様はそのアンリ様に何か言われて、それを伝えに戻ったってこと?」
自分たちが原因になっていると知ると、ラフィールも心配でならなくなった。