手術後の経過は順調で、林さんはリハビリテーションを受けながら、食事制限も頑張っていました。しかし、若い頃からアメリカで、肉食が中心の生活を送ってきた林さんは、いつしか私に「ステーキが腹いっぱい食べたいんだ」とおっしゃることが多くなりました。その際、私は「今は食事制限が出ていますので難しいですね」とお答えするしかありませんでした。

そのようなやり取りが半年ほど続いたある日、林さんの妻の輝子さん(仮名)から、林さんが当施設を退所して自宅に戻るとのお話をいただきました。ご本人に理由を伺うと、やはり食事が理由なのです。

林さんは「たとえ死ぬことがあっても、好きなものを食べて死にたい、生きるために食べたいものを食べられないのは、自分の価値観には合わない」とおっしゃったのです。

私は、この言葉に衝撃を受けました。

普通、主治医から既往症の影響を考慮し食事制限をするように指示があれば、老人ホームを運営する者としては、それに従うのは当然です。しかし、その当の本人、自らの意思、判断がある場合、これに寄り添うことも、個人の尊厳を尊重することになるのではないか、ということが頭に浮かびました。

これは、人は「なぜ生きるのか」という問いにまで遡るのでしょう。

林さんは、当施設を退所され自宅に戻られました。そして、自宅ではステーキを召し上がりながら、好きなワイングラスを傾けたそうです。

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