深い森の中の街道にひとの姿はないものの、それでも急がなければならぬ。行く手をさえぎる樹木と樹木の間を縫いながら、丈高い雑草をかき分けて進む。草は露を載せて、少し進むだけで着ている物がびっしょり腰のあたりまで濡れて重くなった。息が詰まるほどの濃密な草いきれが立ち込めている。
森の奥に手ごろな空地を見つけて二人でうなずき合った。あんちゃんは手早く背負いかごから鍬を出した。儂もかごを下ろして鍬を取り出す。
「田助は今朝この場所で、おのれの命が絶たれることを覚悟していたな」
この小さな荷で江戸までたどり着けるとは思えなかった。
「そのとおりでござりした。自ら首を差し出したような……。哀れな男でした」あんちゃんはどこまでも人がいい。
「あんちゃんは優しいのう」
血のりでべたつく手を雑草で拭い荷をほどいたが、中身は下帯一枚だけだった。この先のどこかに、江戸までの路銀など助けてくれる者がいるのだろうか。襟に書付けを封じ込めていないか丁寧に手で探っていった。髷(まげ)から耳の穴から下帯まであらためたが、どこにも書付の類は見つからない。森の中にも夜明け近いほのかな桃色の明りが忍び入ってきた。
「間者(かんじゃ)と見たは誤りであったか」
あんちゃんは苦し気に眉根を寄せた。
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