五
夜明け前の冷気を裂くように長く鋭く雉(きじ)が鳴いた。岩間のあんちゃんの合図だ。こちらからも雉の声を送り、脇差(わきざし)を握り間道(かんどう)を追分目指して一目散に走る。
夜は白々と明け始めていた。背に負うたかごが邪魔だが捨て置くわけにはいかぬ。かごがあってこその百姓姿だ。街道を通る者に身分を知られてはならぬのだ。背中でかごが飛び跳ね、中の鍬や鋤まで跳ね上がる。
街道の本道と間道は、追分から握り鋏の二つの刃のように開いて、一里も先でまた合流して江戸へと通じている。逃亡者は本道を避けて間道を選ぶと思ったが、当てが外れた。
間道から本道へは森を突っ切れば早いが、それは危険だ。再び雉の声を耳にしたとき、追分まで戻って本道を江戸に向かって走っていた。森は不気味なほど静まり返っている。百姓姿のあんちゃんが、地面に横たわる黒い大荷物を森の中に引きずり込もうとしていた。
大荷物は田助(たすけ)の亡骸(なきがら)だ。街道に待ち伏せしていたあんちゃんの一太刀で絶命していた。
田助が大坂の陣で西軍の落人として、片倉の陣屋に保護を求めて駆け込んできたが、実は徳川の間者であったと、調べが届いたのがつい昨日のことだった。
「注意せよ! 罠があるぞ! からまれるな!」
森の中にはうさぎや狐を獲る罠がいくつも仕掛けられているのだ。あんちゃんと一緒に左手で田助の亡骸を引きずりながら、右手に持った枯れ枝を杖にして下草を払い分けた。
突然下ろした杖がぐっと引かれて重くなった。草を払ってよくよく見ると罠だ。杖を動かせば動かすほど締め付けてくる仕掛けだ。藤づると竹で作られた罠が作動したのだ。杖を獣の足と勘違いしたのだろう。