「写本? それはまた若いのに辛気くさい仕事じゃのう」
イダの反応に、もっともだとバルタザールが相槌を打った。
「こっちじゃそんなの坊さんの仕事だからな。カザルス様も何とか手許に置きたいとお考えになったんだろうな。幸い勘定も得意なので、手筋がよければ帳簿係が打ってつけだろうとお召し抱えになられたんだ。これからはここにいて、たまにアンブロワへも行くことになるだろうな。まさにあいつの後釜(あとがま)だよ」
バルタザールの言葉にイダがふむふむと頷いた。
バルタザールがあいつ、あいつと呼ぶのはシルヴィア・ガブリエルのことだ。ラフィールがこちらへ戻ってきてから、彼がそう口にするのを聞かなかった日はない。
離れていて、実際には彼らの間にどのような心情が交わされていたのか詳しくは知らないラフィールにも、二人の絆の深さが窺い知れる。
「あいつはここに居候していたけれど、まあ今はイダ殿もそんな具合だし、小姓らと一緒の部屋をあてがっていただいたよ。ちょくちょく覗きに来てやるさ、俺と一緒に」
そう言うと、バルタザールはラフィールの肩を叩き、そろそろ行くぞと合図して戸口に向かった。
急かされて一度は従ったラフィールだったが、まだイダに何の挨拶もしていないことに気づいて立ち戻ると、もじもじと切り出した。
【前回の記事を読む】兄ガブリエルの恩人である老医者イダのもとへ。扉を開け放つと、皺だらけの老人の顔が覗き「馬鹿たれが!」としゃがれた声で…
次回更新は11月26日(火)、18時の予定です。