「こう見えて難しい奴でな、乗り手の選り好みをしやがるのさ、馬のくせに」
奥の馬番が囃(はや)すような声を立てて笑った。
「ご婦人はそれほど嫌わないから、根っから暴れ馬ってわけでもなく、要は選り好みをするんだろうな、生意気に。無骨(ぶこつ)な男が近づこうものなら、後ろ足で蹴りやがるのさ」
最初にいた若い馬番も大袈裟な仕草を交えてはしゃいでいる。なぜそんなおっかない馬を自分に薦めてからかうのか、ラフィールには厩舎の連中の意図がまるでわからない。
「ねえバルタザール、あなたみたいな男前なら大丈夫なの?」
ラフィールは、さっきからにやにや眺めているだけのバルタザールに聞いてみた。
「俺か? 俺もためしたさ、とっくにな」
「で? どうだったの?」
ラフィールは興味深くバルタザールの顔を覗き込んだ。
「乗せるには乗せたが、一歩も動かなかった。どうしたって首を下に押し曲げたまま梃子(てこ)でも動かんと踏ん張っているのさ」
こいつ、まだ待っているのか。畜生ながら見上げた奴と、あの時はバルタザールも感動したものだった。
そんな彼の一瞬の表情に、ラフィールは急に閃いた。
「ひょっとして、あの馬は?」
その問いかけに、バルタザールの瞳がそうだと答える。ラフィールは引き寄せられるように厩舎の奥へ向かった。
おちゃらけて笑っていた馬番たちも、今は真剣な面持ちで成り行きを見守っている。ラフィールは馬を曳いて裏口から連れ出すと、しげしげと眺めてその鼻面をさすった。