外でしばらく夫人のすすり泣きが聞こえたが、やがて静けさが戻った。

「それは大変だぜよ。それでどうなったんだ?」

幸はしばらく答えなかったが、

「実は……実は……風間夫人は自殺しかけたのよ。未遂で大事には至らなかったけど」と、絞り出すように言った。

「えーっ、じゃあサチのお母上のケースと同じじゃないか。娘さんはどうなった?」

「わからない。そして私は考えに考えたあげく、風間から遠くへ去るという結論に至ったの。それで私は会社を辞めてパリに来たのよ。あら、ごめんなさい、私のことばかりしゃべって。話が長くなったけど、こんな話をしたのは初めてよ、クリスチーヌ」

「ふーん、大変だったね。それで彼は引き止めなかったの?」クリスチーヌが聞くと、

「引き止めてほしかったけど、もちろん引き止めるわけがないわね」

「多分その彼も終わりにするべき時だと思ってたんじゃねーのかしら。私も同じような経験を一度だけでなく経験してるですよ。相手の女性が自殺するまではいかないけど。それでもう恋愛はばからしくなって、今はゆきずりの関係で済ませているわよ。気楽でいいわ。他人は私のことを恋多き女と陰口を言ってるらしいけど」と、クリスチーヌは投げやりな口調で言った。

「そうなの、そんな陰口は聞いたことがないわ」

一緒に働いている店の中で、幸はクリスチーヌへの陰口を聞いたことがあるが、知らないふりをした。

幸は八年間勤めた分の退職金をもとに、かねてからあこがれていたパリへ来た。ここですべてを断ち切るつもりで。

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