第一章 急激な進行 首から下が動かない
【28日】
リハビリの時間に車椅子に乗って廊下に出た。廊下には掴まって歩けるように長いバーがついていて、それを掴んでちょっとだけ立ち上がった。引っ張り上げられたわけではないので、不安定さは否めないがとにかく立った。情けないが、それだけでものすごく疲れた。
リハビリ医院の受け入れ決定を娘が報告してくれた。転院は31日、急に慌ただしくなってきた。
この日の夕食はお粥に昇格。魚の煮物もついていた。
【29日】
広い重症患者の病室から3人部屋に移った。左のカーテンの中は、私と同じギランバレー症候群の女性だった。彼女は自分で着替えができていたから、重症ではないようだ。
午前中、車椅子でトイレに連れて行ってもらった。
「終わったら、ナースコールで呼んでください」
便器に座るところまで見届けた看護師さんは慌ただしく去っていく。忙しそうでなかなか迎えに来られなかった。これはチャンスかもしれないと思った私は、恐る恐るバーに掴まって立ち上がってみた。バーから手を離すには、ちょっと勇気が必要だ。トイレの床に倒れたくはないから、一瞬手を離すがまたすぐにバーを掴んでしまった。一呼吸後にもう一度、今度はバーを掴む手の力を徐々にゆるめていき、手を離すと同時に大急ぎでおむつをパジャマのズボンごとずり上げた。大成功だ、車椅子に座れた時は何だか一大事業を成し遂げた気分がした。
午後一番のリハビリで廊下に出たら、立ったまま掴まっていく歩行器が置いてあった。
「これに掴まってどこまで歩いて行けるか、やってみましょう」
美人の理学療法士さんがさらりと言う。無茶にもほどがあると思ったが、彼女は一生懸命だ。転院のためには必要なのかもと思い、挑戦してみることにした。
私は掴まるというより、完全に歩行器にもたれかかった。すると私の体の重さで歩行器は前に進む。そのままズルズルと、まさしくズルズルと10メートルくらい進んだ。歩行器に引きずられていったという表現がぴったりくる歩行だった。私の足首は長いこと動いてなかったせいで、すっかり固まってしまっている。刑事ドラマで死体を引きずるシーンがあるが、この時の私はまさしくその死体だ。
その夜、私のベッドの右側に入った男性は常時大声でうなったり、怒鳴ったりしていて怖かった。せん妄がぶり返して幻覚を見ているのかと思ったが、夜中に血を吐いてどこかに移動していった。何だか、色々なことがあった一日だった。