電車の走る場所

翌日、原田は田端が通う大学付近の駅前にいた。

駅前の椅子のオブジェに座ってパンをかじりながら大学方向へ歩く人に目をやる。多くの人が行き交う駅前で、ペットボトルのジュースから水分を補給し息をついた。

(人間が多すぎるぜ。この中から田端を捜すのって、無謀だよな……)

夏休みを前にした暑い日中、原田は木陰の椅子で額の汗をぬぐった。

(ずっとここにいたら熱中症になりそうだ……もう一度、藤川に連絡して今村のスマホ番号教えてもらおう)

そう考え、ラインで藤川に『今村の連絡先を教えて』と打とうとしたそのとき、彼の前に人影ができた。

「おい、原田だろ」

名前を呼ばれ、顔を上げて声の主を見ると、彼の前には、捜すはずだった田端がリュックを背負って立っていた。

(ああ、手間がはぶけた)と息をついた原田が田端の名前を呼ぼうとしたとき、田端が原田に言った。

「ちょっと、一緒に来てくれ」

田端は、原田の返答を待たずに先を歩く。大股で前を歩く男の背中を追いかけるように、革カバンを肩にかけた原田も歩き出す。人の流れの中で見失わないように田端の背中を見つめていた原田は、気づくと人通りの少ない路地に入っていた。

有無を言わせず歩いていた田端は、道の行き止まりで振り返ると、原田に向かって口を開いた。

「おまえ、俺を殺しに来たんだろ」

原田は田端の口から出た言葉に息を呑んだ。彼の言ったことは本当であるが、真実ではない部分もあった。原田が返答に一瞬戸惑うと、田端は即座に言った。

「やっぱり本当なんだな」

「いや、違う。なんで、そんなこと……もしかして、吉村に会ったのか?」

原田がそう言うと、田端はニヤリと笑って答えた。

「会ってないよ。でも、吉村からラインが入った」

「ライン?」

「原田が俺を殺しに来るって」

「まさか……」

「だから、おまえを殺せって言われたよ」

原田は首筋に汗が流れていくのを感じた。同時に、目の前の田端がリュックの中から包丁を取り出す姿が目に入った。田端は包丁を握って言った。

「俺も最初は誰かのイタズラかと思ったよ。だって吉村は死んじゃってるんだし、幽霊だって言われたって、笑っちゃうだろ。それに、俺が、なんで吉村の幽霊に命令されなきゃならないんだって思うと、腹も立つしさ」

包丁を握りながら笑みを浮かべる田端に、原田も笑顔を作りながら答える。

「ああ、そう。そうだよな。幽霊の吉村に従うことはないと、俺も思ってたんだ。だから、お互いに殺し合わないって協定を結ぼうって言いに来たんだよ」