長瀬 律

静まり返った教室に女生徒のすすり泣きが広がる。

「通夜は本日七時から営まれる。ただ、受験前の大事な時期だ。皆個々に判断してもらいたい。無理はしなくていい」

しかし通夜にはクラスの全員が参列していた。ハンカチで目頭を押さえているのは女生徒ばかりではない、目を赤くしていた男子生徒も少なくなかった。高橋はクラスの皆から慕われ、愛されていた。

「お前を乗せてなくてよかったよ」

焼香の順番になり遺影と向かい合った時、そんな声が聞こえた。高橋は無免許だった。いつも兄貴のバイクを勝手に乗り回していた。そして昨日、歩道から飛び出してきた酔っぱらいを避けようとハンドルを切り、反対車線のトラックに突っ込み、短い生涯を閉じた。

昼休みの教室で声を掛けられて以来、僕の精神は、高橋に依存していた。高橋は親友以上の存在で、忌まわしい過去を持つ僕の浮遊した人生を、現実の社会に導いてくれる道祖神だった。

高橋と軽口を交わし一緒に過ごす時間が、辛い過去の追憶から逃れる唯一の手立てだった。二人でシェアする北海道の生活に夢を馳せ、心からそれを望んでいた。

高橋が亡くなってからの僕は、現実感が伴わない抜け殻になった。

僕は受験に失敗する。北海道大学はおろか望んだすべての大学に降り落とされ、この町から抜け出すことは叶うことがなかった。それでも何とか家から通える私立大学に滑り込むことができた。