弁財天は牛馬の語りかける一つひとつの言葉に深くうなずいた。実感の伴う首肯であった。

「どれほどのときが過ぎたのか、今となっては判然とせぬが、天部の底が抜けてしまうかと思うほどの争いじゃったな」

争いとは、帝釈天と阿修羅王との壮絶な戦いのことである。

帝釈天は、仏教を代表する守護神のひとりであり、梵天とともに釈迦に仕える。善行を尊び、悪行を諫(いさ)める神である。才知に長けるだけではなく、筋骨隆々である。手には雷を操る金剛杵(こんごうしょ)を持ち、白象に跨っている。

阿修羅王は、仏教守護の八部衆に含まれ、血気盛んで好戦的である。独自の特性により三つの顔と六本の腕を持ち、戦闘の場においてはひとりで数人の神と伍する働きをする。

戦いが始まった理由はこうである。

阿修羅王が君臨する惑星の民は、からだに顔や手を多くつけるなど、神々の意思に反する誤った進化を遂げていた。阿修羅王自らが己のからだを改造し、彼が率いる阿修羅の民は、好戦的であるゆえに近隣の惑星に攻め入って勢力を増やしていった。その阿修羅王の行為が、天界の平和を乱すものとして、帝釈天の逆鱗に触れた。

阿修羅王の勢力拡大を快く思っていなかった帝釈天は、いずれ武力によって制止しようとしていた。

一方、阿修羅王は、帝釈天が自分の娘である弁財天に惚れ込み略奪しようとしていると勘違いし、激怒していた。

このような帝釈天と阿修羅王との軋轢が積み重なることで、大きな火種に発展していった。そして、ついに争いが起こった。

 

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