「嬉しいですけど、いいんでしょうか」
聡一郎はキラキラした瞳でにっこり笑った。
知之は努めて変わらない様子で出社している。ぎこちない歩き方がばれているかもしれないと気にはなるが、それはその時と半ば開き直った強い気持ちになれていた。
会社では、初めて試飲会を開催することが決定された。部長と課長が話をしている。
「イベントリーダーを誰にするかだな」
「是非成功させたいですよね」
「君が将来のホープだと言っている酒屋の息子はどうなんだ?」
「小暮君ですね。彼、最近ちょっとおとなしくなっていまして、心配しています」
「そうか、一応彼に声をかけてみてくれ」
「承知しました!」
課長は、自分が目をかけている知之の元気のなさが気になっていたので、このチャンスを生かしたいと思った。
「小暮くん」課長が呼んでいる。「今度会社で試飲会をする計画が持ち上がってるんだがね。企画してみないか」どうやら、酒屋の息子の自分に白羽の矢が立ったらしい。
「やってみたいです。頑張ります!」知之は気持ちが高揚するのを覚えて内心嬉しかった。
「そうか、そうか、よろしく頼むぞ。後の人選は君に任せた方がいいかな」
「はい、考えてみます」
その後知之は、経理と営業と人事から若手の五人を人選した。
〈前を向けたのは、邦夫と咲のお陰だな、すぐにでも会いたい〉知之は、昼休みに邦夫と咲にメールをした。すぐに二人から返信があった。二人とも喜んでくれている。
それが今の知之にとって何よりの良薬なのである。
【前回の記事を読む】「なんか心配なことでもある?」と彼女に聞かれたが、脊髄腫瘍になったことをどうしても伝えることができず、嘘をついてしまった…