来ていたと言うよりは彼の場合、戻っていたと言うべきであるが、ここを通って出てからもう三月半(みつきはん)が過ぎ去って、彼にしてもここを訪れるのは久しぶりであった。
それもそうだが、こうしてギガロッシュを反対側から眺めている自分がいることが、彼には改めて不思議に思えた。
風のない暖かい夜とはいえ一月の冷気は岩陰に立って潜む彼の体に這い上がる。引き寄せたマントの中に隠し持つ抜き身の剣の、氷のような冷たさが暖(だん)を奪う。
ペペと名乗ったあの男が果たして約束通りにやって来るかどうか、それは大きな賭けである。危険は山のようにあった。男が怖じ気づいてやはり来なかったら、来るには来ても最後の勇気が萎えて引き返してしまったら、あるいは男が彼を裏切って垂れ込み、ここに兵を引き連れて乗り込んで来たとしたら――彼は様々な場面を想定しておかねばならなかった。
決してしくじってはならぬ、その決意が凍える体を熱くした。手は何段にも打ってあった。男に教えた道順では、まず村までは辿り着けない。
女神岩までどうあっても戻らなければならぬように教えておいた。そこまでの道順からして実際に彼らが通る道よりも複雑にして語ったので、あとを追えば必ず先回りできる。
女神岩には、毎朝八時には村の誰かが見回りに来るから、男が約束通りに入ったならば夜明けからそう間をおかずに彼は村人に見つけ出されるだろう。
問題は、男が垂れ込んで兵士を引き連れてきた場合である。
夜明け前の闇の中であれば、彼には勝算があった。夜陰に乗じて躍り出て何人かを斬れば、ここはギガロッシュ、震え上がって逃げ出すであろうと、踏んでいた。
空が白んでおれば、いっそ男に先導させてギガロッシュの中まで引き込もう。ギガロッシュは自分たちにとっては庭も同然、悟られないように一人ずつ始末してしまえばいいのだ……確かに……だがそう思う心を彼の意識は明確に否定する。
そうなってはお終いなのだ。
それでは村をギガロッシュの向こうにこのまま永久に封じ込めることになってしまう。俺はこの扉を開けたい。開けるためにやって来たのだ。
頼むペペ、どうか約束通り一人でやって来てくれ!……シルヴィア・ガブリエルは祈る思いであの男がやって来るのを待った。
ペペはまんじりともできなかった。明け方前にはギガロッシュに到着しなければいけないからと、その先のことを考えて少しは体を休めておこうと思ったが、目蓋を閉じても眼球はぐるぐると動いて、今日聞いたギガロッシュの岩の間を辿っていた。
そうやって辿り続けていなければ、誰かの手が伸びてきてその記憶に描いた地図をぐちゃぐちゃと掻き回されてしまいそうな気がしていたし、そうでなくても気持ちが高ぶってどうにも眠れるような気分ではなかった。
この興奮が、恐怖のせいなのか、期待のせいなのか、ペペにはどちらともわからなかった。
【前回の記事を読む】宴の途中で人目を避けて、こっそり大広間を抜け出したガブリエル。警戒しながら彼が向かった先とは…
次回更新は11月14日(木)、18時の予定です。