一、壁
認識
ここは堀辰雄の『風立ちぬ』(岩波書店、1956年)の基になった場所である。結核で富士見高原療養所に入院、同時期に入院していた節子との心のやり取りが、きれいな文章で書かれた小説で、冒頭の「風立ちぬ いざ 生きめやも」は多くの人の心に響いた。
私も何かあるたびに、これを口ずさんでいる。ポール・バレリーの『海辺の墓地』の詩の一文、原詩は手元にあり、時に読んでいる。
別荘近辺にはいくつかの美術館などがある。茅野市尖石縄文考古館には、国宝の「縄文のビーナス」「仮面の女神」をはじめとして、当地で発掘された多数の土器が展示されている。八ヶ岳美術館には、彫刻家清水多嘉示の多くの彫刻が展示されている。いずれも見事な作品である。私は「鳩を持つ」を購入して、私の椅子の付近に置き、常時眺めている。
初期の頃から、別荘に行くたびにノートに記録を書いた。新しい別荘を建ててからも継続し、3冊となっている。初期の山荘録は、本書に載せた。
別荘は、家族誰でも使える。子供たちは、時に友人を誘ってやって来た。車山でスキーをしたり、娘はテニスをしたりと、それぞれ楽しい時を過ごしたようだ。この人たちも、ノートに記録を残している。
私は80歳で運転をやめた。幸い、人身事故を起こさなくて済んだので、これをキリとして、運転を諦めた。結果として、別荘には行けなくなった。車がないと、どこにも出かけられないのである。
別荘は息子に譲り、管理もやってもらって、家族全員が使えるように依頼した。別荘地の借地契約、家屋登記も済ませた。
良く使い管理しているので、安心している。この別荘もまだ10年、20年は使えるのではなかろうか。息子が定年後、ここを使ってインターネットの遠隔作業もできるだろう。
長く使ってもらいたい。家族にはこの機会に日常の面倒な壁を取り払ってもらいたいと願っている。