「いや、先日のことを言っておられるのですか? あれはただ避けることができただけです」
「避けることができる! それは凄いじゃないか! どういう剣術なんだそれは」
バルタザールの目が輝く。
「剣術なんてご大層なものではありません。体力では負けてしまうから避け方を覚えただけです」
「いや待て、面白い。それこそ極意かもしれんぞ。どこの誰から習ったんだ?」
何もかも秘密では逆に怪しまれるが、旅の道すがらにこの話で間(ま)が持つのであればと思い正直に身の上話をしてみた。
「故郷の村は山向こうですから、過去には時折、異民族と接触することもあったらしく、どうもそちらから伝わったもののようですが、攻撃してくる相手の力を利用して身を守る術があるんです。
私のように力のない者でも相手のかかってくる勢いをうまくさばいてやるだけで逆に優位な立場になって敵を翻弄(ほんろう)することもできるんです。村ではこれが盛んで、女だって心得ている者がいますよ。こういう術を体得しているといざっていう時に役に立ちますからね」
バルタザールは興味深くその話に耳を傾けていた。
「面白い術だな。それは凄い。いつかまた俺にもその術を教えてくれないか」
「あなたのような方には必要ないかもしれませんが、興味がおありならお教えしますよ」
シルヴィア・ガブリエルは快諾した。そうか、これだって村固有の技の一つなのか、と気がついた。
「お前の村っていうのはそうやって外に備えて武装している村なのか?」
「武装? とんでもない。いたって平和な所ですよ」
「だが、村からやってきたお前がそうやって帯刀しているじゃないか、俺はどこかの君主にでも仕えていたのかと思ったぞ」
バルタザールはシルヴィア・ガブリエルの腰の皮袋に目を遣った。
【前回の記事を読む】仕立て屋から届けられた気後れするほど立派な服。着替えてみたものの、自分の正体を露呈することになりはしないかと急に不安が募り…
次回更新は11月7日(木)、18時の予定です。