第三章 ギガロッシュ
そう言われてしまえばどうしようもない。シルヴィア・ガブリエルは気が進まぬまま、取って置きの葡萄酒の一袋を持たされてプレノワールに向かった。
道すがら馬を並べてバルタザールが親しげに話しかけてきた。
「この前は殆ど話す暇もなかったが、俺はバルタザール・デバロックだ。長くカザルス様の下(もと)にいる」
「はい、よく存じ上げています。カザルス殿の宝刀と皆が申しておりますから」
「それは言いすぎだな、俺はもともとは奴隷の子だ。カザルス様に拾い上げられた。あまりご丁寧な口を利いてくれるな」
精悍(せいかん)な顔立ちの若者は白い歯を見せた。
「お前、見かけによらずなかなかやるな」
好意的に見えた挨拶のあとに、バルタザールは相変わらずの笑顔のままで妙なことを口にした。
シルヴィア・ガブリエルは、どうにも迂闊に反応できず、用心して黙っていた。
「惚(とぼ)けなくてもいいじゃないか。何もかも了解済みなんだろ?」
了解済み? 何が言いたいのだ、この男は。何か自分の尻尾を掴んだような物の言い方が気になる。
「まあいいさ。本当の大狐はお前だなって俺は思ってる、な」
そう言うと微笑みながら毛穴の数でも数えるかのようにシルヴィア・ガブリエルの顔をまじまじと覗き込む。
「何か!」
「いや、それにしてもきれいな顔だと思ってな。何を企んでいるのか知らぬが、その容姿は剣にも勝る武器だな」