最近は、パドックではなく、明らかに住宅の中と思われる場所で、男どうし二人で写った写真が送られてきた。誰だかは知らないが家に招待されるほど、親しい人もできたのだと頼もしく思えた。

「よし、よし」

という感じで周りの選手から頭を撫でられたり、ハグされている写真が多い。皆にかわいがられているから、破格の抜擢がされるということはないと思うが、取り立ててもらっていることには間違いないだろう。

ドイツにあるサーキット場でレースが行われると麗央から連絡が入った。

「ちょうどさぁ、愛莉の試合が終わった次の日に予選があるんだ。予選を通過できれば本戦に出られる。本戦に出られるかどうかは分からないが、取りあえず、併設のホテルを押さえてあるから、こっちに来て」と言う。

「母さんが愛莉はRTPAになってから、食べ物や薬にナーバスになりすぎているって心配してたぞ」

「だって、うっかりドーピングだとしても、私がミスをすると迷惑を掛ける人が大勢いるから、慎重になるわよ。それにしても毎年、違反物質が増えていく」

「仕方ないさ。ガトリンなんて、懲りずに二回も違反をしているし、国ぐるみの違反が噂されているところもあるし。いたちごっこだね」

「何でドーピングなんてするのかしら」

「そりゃ、金メダル一個取れば一生の生活が保障されるということになれば、リスクを冒す人も現れるだろう。僕だって、食べ物も薬やサプリメントも注意している。ただ、母さんにこんな話をしてもねぇ」

「んー、理解して欲しいけど……」

「まぁ、レースの後で、食事でもしながら話を聞くよ」

愛莉は自分の試合の翌々日、サーキット場まで兄の晴れ舞台を見に行った。サーキット場へ行き、麗央に案内されてパドックに入った。そこは五十メートルプールで生きている愛莉にとって、全く別の世界だった。パドックだけでもプールが入ってしまう広さだ。

しかも、一般的な公式プールの観客席の向こうは壁、どこへ行っても閉じられた空間なのに、ここには壁がない。開放的である。観客席の建物から覗く空は少し重たい青色をして、冷気とともに冬のかけらが去りがたく、ここに留まっている。それでもここに集まる人の熱気とオイルの匂いが、愛莉の気分を高揚させる。

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