「ふうん、あの山脈の東か」

案の定、信用されている気がしない。まさかこんな所に異邦人の医者がいて、早くもこの嘘が見破られるとは大きな誤算だった。彼は何とかこの場を切り抜ける方策はないかと巡らしたが、胸の鼓動が激しくなるばかりだった。

するとイダが彼の傍までやって来て腰を落とし、耳元で小さく囁いた。

「儂はな、見ての通りの異邦人じゃ。この国の者が畏れるような神も悪魔も知らんわ。だから安心せい。お前、もしやあのギガロッシュの向こうから来たんじゃないのか」

イダの黒炭のような目が、ぎろりと彼に向けられた。

疑われるどころか、そこまで図星をさされて彼は咄嗟に返す言葉がなかった。

何も目的を果たせないままここで万事休すかと目を閉じた。ところが彼のその反応に驚いたのはイダの方だった。

「本当なのか! あの向こうに村があるとは本当なのか!」

イダは彼の正面に回って顔を覗き込んだ。顔を真横に背けると、今度はそちらに回り込んだ。

「心配せんでええ。お前は何かわけありなんじゃろう。その体を見ればようわかるわ」

〝体?〟訝しい顔を向けると、イダは妙に痛ましい表情を返した。

「お前、ようそんな体で生きてきたな」

シルヴィア・ガブリエルは返事に窮した。好きでこうなったわけではないが、彼は間違っても健康とは縁のない人間だった。

「おわかりなのですか」

「当たり前じゃわ! 儂を誰だと思うとる! お前が何を隠しても体のことはお見通しよ」

虚弱という弱点は是非とも隠しておきたかったが、相手が医者では仕方がない。ここは正直に言う他なかった。