第二章 イヨロンド
「ところでイヨロンド様、いやギヨーム殿、遣いをやらねばと思うておりましたが、今日ここへ来られたことは好都合じゃ。
実はこの度、シャルル・ダンブロワはこのグザヴィエ・アントワーヌ・カザルス・デュプレノワールと主従の契約を交わしましてな、領地はそのまま封土という形でシャルル殿に与え、以後両国の間には争いもなく、平和的な関係が保たれることになりましたぞ。
これは隣接して交流の多かった両領民にとっても誠に喜ばしいこと。また臣に下られたとは言え大諸侯であるシャルル殿、及びアンブロワに対して儂も決してそう下へは置きませぬからどうかご安心なされよ」
物言いたげなイヨロンドを制して、カザルスは更に言葉を続けた。
「ただシャルル殿は予(あらかじ)めもともとは奥方のご実家であったノエヴァに関しては、これをアンブロワから外して奥方にお返しするということで取り置かれた。ですからノエヴァは、正真正銘、奥方とギヨーム殿のご領地として残っておりますぞ。そのことも併せてご安心なされよ」
イヨロンドはそれを聞くとかっと目を見開いてカザルスを睨み返した。
「そうか、やはりそうでありましたか。あまりと言えばあまりの成されようよのお、カザルス殿。シャルルをたぶらかしてアンブロワを取り上げたのは、やはりあなた様の仕業か!」
「母上、何を無礼なことを仰る!」
脇にいて堪(たま)りかねたシャルルがイヨロンドに歩み寄り腕を掴んだが、その手は乱暴に振り払われた。
「お前も愚か者よ、シャルル。この大狐はな、我が家の混乱に乗じてアンブロワの領地を盗みおったのじゃぞ! まんまと騙されおって、この大馬鹿者が!」
シャルルが馬鹿者呼ばわりされたのを見て、ギヨームが顔面を崩してくっくと笑った。自分以外の人間が馬鹿扱いされることを愉快に思う、たったそれだけの知恵しか持たぬこの男には、母の憤怒(ふんぬ)も理解できなかった。
「母上、落ち着いて下され! 大恩あるカザルス殿に何という悪言を吐かれるか! これは私が懇願して持ちかけたこと、愚かな言いがかりは許しませぬぞ!」