「は? 何を仰(おっしゃ)られますやら……おお、そうじゃ、カザルス様はまだお聞き及びではございませんでしたな。実は相続の件については少し事情がございまして、ちょっと言うのもはばかられることではございますが、亡き夫がシャルルを我が子のように可愛がってくれておりましたゆえ、総領でもなければこのまま平穏に過ごすのが皆のためと……まあ、お察し下さいますな、その辺の事情は」
イヨロンドは柄にもなく妙に恥じらった艶やかな視線をカザルスに寄越して先を続けた。
「ところが夫は何も知らぬままシャルルに家督を渡してしまいましたので、それは断じて夫にも先代にも申し開きが立たぬと存じ、この度正しい家督相続がなされますよう異議を申し立ててございます。ほどなく正しいご判断が下り、このギヨームが……」
「いや、待たれよ待たれよ」
カザルスがイヨロンドの言葉を遮った。
「その申し立ても、また奥方しか知り得ぬような事情も、もうよろしいではござらぬか。フィリップ殿は自らご次男のシャルル殿を認めて家督の相続をなされたわけで、これはのう、周辺の我ら諸侯から見てもしごく当然のご判断」
そう言って、ちらっとギヨームを一瞥した。
「誓って申しますが、アンブロワのどなたもご不満には思いますまい。これでよかったのじゃ、もうご安心なされよ。今更秘めた事情を公にして恥を晒すことも、ご子息らの心を無闇(むやみ)に傷つけることもなさりますな」
カザルスは優しく諭(さと)すような口調でそう語ったあと、一呼吸して姿勢を改め、今度は威厳ある領主然とした態度で話し始めた。
【前回の記事を読む】二年前からイヨロンドといい仲になり愛人となったバスティアン。彼がイヨロンドの夫の突然の死に大きく関わっていたようで…
次回更新は10月30日(水)、18時の予定です。