1、にゃん太郎物語
ある日、智子ママは赤い首輪をかけてくれた。魔法使いの女の子が荷物を届けるアニメ映画に出てくる黒猫みたいだと、会う人みんなが僕をはやし立てた。
僕は抵抗せずに、智子ママが出かけたときは、できる限りきちんと留守番をして、なるべく阻喪(そそう)もいたずらもしない。夕方には、猫キャラさながらに二階のベランダの縁に上がって、じっとママの帰りを待っている。家の前の歩道を歩いてくる姿を見つけると、同時に智子ママも気づいて、下から声をかけてくれた。
「にゃん太郎、ただいま。待っていてくれたの」
玄関のカギを開けている間に、さっと階段を下りていって、智子ママを出迎えた。(おかえりなさい)と、足元にスリスリすると、抱っこして優しく撫でてくれた。僕は、ゴロゴロと喉を鳴らす。
変わったものだ。あんなに僕を嫌って、洋服に僕の毛が付こうものならすぐに払い落として近づこうとしなかった人が、今では僕を抱っこしてくれるようになったのだから。
それに智子ママは、僕のしぐさを何度もスマートフォンで写真や動画に撮っては、「可愛いでしょ」と自慢げに友達に見せているようだった。
僕は、ロッシーより、「にゃん太郎」と呼ばれることを受け入れることにした。どっちにしろ愛称、つまりニックネームなのだから、智子ママが呼んだら、いつも(ニャーン)と可愛い声で返事をしてあげる。
冬の夜は寒さが我慢できず、智子ママの布団に潜り込む。枕もとでモゾモゾしていると、智子ママはすぐ布団を持ち上げて、はいどうぞと、優しく中に入れてくれる。
智子ママの腕枕で仰向けになって伸び伸びと両手を広げ、大の字になって寝ると気持ちがいい。まるで人間みたいねと、智子ママはそのまま一緒に寝てくれた。僕は喉をゴロゴロ鳴らした。
その後も、僕の家族たちは平穏に暮らしていた。僕が順調に成長して五歳になった頃、芳江さんは、会社勤めをして知り合ったボーイフレンドとのデートで忙しそうだった。もう僕にはすっかり興味を無くしたようで、ロッシーと呼ぶ声も、めったに聞けなくなってしまった。
僕だって、もう大人になったのだ。いつまでも甘えているより、自由に外の世界で遊んでみたいという冒険心が湧いてきた。