ある日、猫用のキャリーバッグに押し込まれて、知らない家に連れていかれた。病院らしい。エリザベスカラーとやらを付けられた。1何をする気だ)と思う間もなく、嫌がる僕は押さえこまれ、無理やり爪を切られてしまった。

がっかりした。それでもしばらくすると、また爪が伸びてきて、何かを引っ掻きたくなる。しょうがない。これが僕の習性なのだ。

猫にだって我慢できないことがあるのをわかってほしい。僕は人間の言葉がある程度はわかるけど、智子ママたちは、僕を家族だと言っているくせに、本当はわかってくれていない。不公平ではないかと思うことがいっぱいある。一緒に生活しながら、智子ママたちにも僕の生き方を理解してもらえたら、どんなに嬉しいだろう。

僕が七ヶ月になったある日、再びキャリーバッグに入れられた。(今度はいったい何をされるのだ?)と、ビクビクして中から出るのを渋っていると、ここの男の先生は僕を引っ張り出して、またしてもエリザベスカラーを首に付けた。そして今ではもう思い出したくもないことが起こった。

僕のオスの証明を手術して取ってしまったのだ。去勢というらしい。これは、虐待ではないか。人間と暮らすためには、こんな犠牲を払う必要があることを思い知ったが、今さらどうしようもない。

弱肉強食の世界なのだ。その代わり食べ物には困らないし、いいこともたくさんあるだろうと諦めて、許すことにした。

でも、爪を切られるのだけは、どうしても我慢できない。三度目には、あのヤブ医者が、

「ロッシーちゃん、いい子にしてね」

猫撫で声で診察券に書いてある名前を呼んだと思ったら、無理やり爪を切ろうとして、僕の大事な爪を深爪にしてしまったのだ。

しかも爪切りの先が黒い肉球に当たって痛いのなんのって、二度とこんな目に遭いたくない。これこそ動物虐待だ。

それからというもの、キャリーバッグに入ることも、爪を切ることも、全力で抵抗した。人間が何人がかりで取り押さえようとしても、僕の死に物狂いの抵抗には敵わなかったようだ。ダンボールなどの箱に入るのは大好きだけど、キャリーバックに無理やり入れられるのだけは、ごめんだ。

「まるで火事場の馬鹿力ね」

今度は智子ママのほうが諦める番となった。余程のことがない限り、病院に連れていくことはなくなった。爪とぎは、僕たち猫の本能なのだ。

しばらく経ったある日のこと、床に落ちていた小さな破片を見つけてママが言った。

「へえ、猫の爪って脱皮するの?」

猫の生態にようやく気づいたらしい。スマホとやらで調べたりして、僕のために何かと気にかけてくれるようになり、智子ママの愛情を感じることができた。

【前回の記事を読む】僕をかわいがってくれたのは初めだけ。そのうち気のない挨拶をして、他の用事に移ってしまうようになった。

次回更新は10月29日(火)、20時の予定です。

 

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