ヤンキーがいない中、学校の一軍、スクールカーストの頂点に君臨するのは、今度は野球部とサッカー部の連中だった。

うちの高校は文武両道の精神からか勉強だけではなく体育祭にも力を入れていた。体育祭は運動神経の良い野球部、サッカー部が嫌でも目立つ。必然的に野球部、サッカー部が学校の中心となっていった。

僕は比較的に高校から始めた初心者が集まっている硬式テニス部に入ったが、入ってすぐ後悔した。硬式テニス部はスクールカーストではちょうど三軍くらいの人らの集まりだった。

運動神経も特によくなかった僕は、クラスマッチや体育祭なんかでも目立てないまま高校生活を終えていった。

同じ硬式テニス部でのちに一緒の大学に進む村崎は、僕と違って上手く立ち回っていて、その持ち前の愛嬌で野球部の一軍のヤツらに可愛がられて、高校生活を謳歌していた。

まあ、童貞は童貞だったが。

僕は村崎が全校生徒の前でギャグとかしてるときも、「なにしてんだよ」とか、「オレならもっと面白いことできるのになー」とかブツブツ言いながら、遠目に眺めているだけだった。

村崎とはとにかく馬が合い、よく部室でふざけあって二人でゲラゲラと笑いあってた。村崎はよく僕のことを面白いヤツと褒めてくれて、一緒に体育祭なんかでも前に出てなんかやろうと誘ってくれたこともあった。

今思うと僕の強みはそこで、プライドを捨てたお笑いキャラになってみんなにイジられながらも、村崎みたいに上手く立ち回ればよかったが、当時の僕は全校生徒の前で何かをやる勇気すらなかった。

そしてとにかくカッコつけていた。自分でも引くくらいカッコつけてた。お笑いキャラなんかではなく、カッコつけたままクールに人気者になりたかったのだ。

プライドや理想という変な鎖が僕をがんじがらめにしていた。だからイジられたらマジギレするし、カッコつけたままクラスマッチでサッカーのシュートを外して転んで、ヘラヘラしていた。

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次回更新は10月30日(水)、11時の予定です。

 

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