午後から時折、強い風が吹いている。だから私は大きな声で言った。

「なあに。石なんぞ、本当はないんだ。この花たちを見てみろ。石のことなど知らなくて、咲いておる」

アイザック・コワレは腰を落とし、今度は、足元の白いブラックトーンに話しかけた。

「無知でいいってことなの、アイザックさんの言うことは私にはよくわからないよ」

私の声を三月の風はさらっていったらしい。眩しげに顔をくしゃくしゃにして庭師のアイザックは私を見上げ、カトリーヌは物わかりのいい子だ、と何度もうなずいた。アイザック・コワレは耳が遠くて、本当に困ったものだ。

書斎といえば本である。書斎といえばたくさんの物語が眠る部屋である。ああ、神様、あの書斎にある本を読める日が来るようにどうかお願いします、と寝る前に呪文のように唱えるのが、この二年間の私の習慣だ。

神様なんか信じちゃいないのだから無駄なことはやめるんだな、とワルツさんはさも面白そうに言う。それもそうだと思うけれど、じいさんのウォッカと同じなんだからいいじゃない。私は独りごちる。

「本がか? わしの酒と本が同じなのか。カトリーヌ」

「違うよ、寝る前の神様へのお祈りのことだよ」

ワルツさんは渋い顔をするが、目は笑って私をじっと見ている。本当は違う、じいさん。私の本を読みたいっていう望みも無為なものよ、世界にとっては。

世界にとって意味のあるのは存在する本であって存在するウォッカなの、と言いたい気もするが私は言わない。じいさんが寂しがるから私は言わないよ、リュシアン。

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