第二部 舞台の下手

「ガブリエル氏の屋敷」

週に三日、島で一番大きいお屋敷イロンデイル家のお手伝いの仕事に出かけるが、それ以外はワルツさんと本屋の仕事をする。でも、この本屋にはほとんどお客など来ないのだから、うとうとするワルツさんの隣で私は本を読んで過ごしている。

島の中心をなす「黒い森」の黒々と幹を伸ばす森の端に、廃墟同然の大きな屋敷があった。かつては大陸では有名な美術品の収集家の別荘であったという。ここに大陸から移住してきたのが、ガブリエル・B・イロンデイル氏。

ガブリエル氏は、大陸で繊維の輸出入に成功した人だが、仕事の成功と逆行するように氏自身は病気がちになり、療養をするために二年前の春、この島へ移り住んだ。最初、島の人たちはこの新しい島の住人について物珍しさと羨望に満ちた目、あるいは尖った目で推測を並べ立てた。多くは、イロンデイル家の財産と出自について。しかし、半年もすると誰もが口を閉ざした。

この屋敷は私がこの島に来た頃にはすでに荒れ果てていたが、私の背丈の二倍はあった壊れかけた門扉はガブリエル氏によって取り外され(正確に言えばガブリエル氏が雇った職人によって)、雑草に覆われていた前庭は庭師の手によって季節の花を咲かせる大きな箱庭となった。

屋敷の中で巣の柄のバリエーションを競い合っていたあの蜘蛛たちの姿も、見ることもなくなった。石窓が好きだったのに、ひんやりとした石窓が好きだったのに、と私がワルツさんに言うと「わしは中庭にあった婆さんの指そっくりの木の枝が好きだった」と彼は言った。冷たい石窓も婆さんの指そっくりの枝を持つ木も、この屋敷には今はない。

ガブリエル氏の屋敷全体は深い茶色と漆喰の色で構築されている。床と階段と手すり以外は、各部屋の壁もすべて漆喰の色である。二階のご主人夫婦の寝室、三つのゲストルーム、玄関のアプローチから、アプローチの右にある客間もその奥のリビングも、台所もご主人の書斎も含めて、壁はすべて漆喰のモノトーンだ。

各部屋には深い色合いの絨毯が敷かれており、真紅のゴブラン織りの模様が施されたものはこの屋敷で一番広い客間に、ココア色の毛足の長いものはリビングに、ゲストルームには深緑のもの、藍色のフラットに見える絨毯はご主人の書斎の床に美しく横たわっていた。

長い廊下は幾重にも艶出しを塗られた板張りでピカピカに光り、足元に敷かれたブロンズ色の鏡のようだ。床に映し出された自分の顔が目に飛び込んできて驚いたことがある。メイドのジェーン・フォンテーヌブローに床の磨き方を初めて教わった時のことで、腰を落として息を呑んだ私を見てジェーンはふふっと笑った。

屋敷の絨毯も壁も、磨かれた床も私にはすべてよそよそしい。一年経った今でも相変わらず私は馴染めない。