第二部 舞台の下手

「ガブリエル氏の屋敷」

庭師のアイザック・コワレから言いつかった切花を居間にいた奥様に届けた時のこと。

「カトリーヌ、次の仕事の時は髪を束ねていらっしゃいな。もし、リボンを持ってないのだったら、いっそのこと切っちゃったら、どうかしら」

奥様のメリンダは思いつきでこんなことをよく私に言う。無邪気な笑顔と声で言う。

「奥様、ご主人様がお呼びです。書斎のほうにいらっしゃいます」

「ガードルード、ありがとう。すぐ行くわ」

リボンは持っていますので結構です、と言いたくて躊躇していた私は、声のしたほうを振り向く。だけど、奥さまを呼びにきた声の持ち主は扉の向こうに消えたあとだ。

こんな時、マダム・ガードルードが私をじっと見ている、と感じる。見張られているような気さえする。

普段は特別に私に優しい言葉をかけてくれる訳ではないし、廊下ですれ違う時も彼女は厳しい横顔しか私に見せない。だけど私が差別的な、たとえ善意でも差別的な意味合いの扱いを受けている時、マダム・ガードルードはどこからともなく不意に現れる。

イロンデイル家の夫婦には実子はいない。小耳に挟んだことだが、ご主人のガブリエル氏は前妻との間のひとり息子を亡くしているという。ガブリエル氏はそのことが起因しているのか、時にひどい癇癪持ちだ。

眉間にしわを寄せ、書斎をうろうろ歩き回っていたかと思うと、奥様のメリンダを急に呼びつけ、何時間も前の朝食の卵の茹で方についてチクチクと説教を始める。

実際、卵を茹でるのはメリンダではないのだからか、彼女は平気な顔でご主人を眺めている。その目はまるで、見慣れた肖像画や家具を見ているのと同じだ。

「カトリーヌ、見る時は薄目を開けてみるんだぞ」

庭師のアイザック・コワレが、庭から書斎の中をじっと見ている私に気づいて言った。

「書斎の本棚の本の背表紙に目を凝らしていただけよ」と私は答えた。

「それに、薄目を開けていたら、石につまずいて転んじゃうよ。ムッシュ」