【前回の記事を読む】「彼女が死ぬ直前にね。見届けたいこともある」あらゆる時代や場所を体感できるVR機械で、もう一度彼女に会いに行く。
時空の溶解
今回の旅は愛子の不幸を食い止める旅ではない。その不幸に至る理由を探る旅だ。
「最後に、何かご質問は?」
「お願いしていたあれですが。持ち込みは?」
「ご心配なく。あちらの世界へ行けばどこかに置かれているはずです」
ハイクラスでは、クライアントから要望があれば何点かのアイテムは持ち込むことができた。
「では早速準備に取り掛かりますので、少々お待ちください」
柴崎が席を立った。緊張が解れた工藤はソファーの背にもたれかかった。ガラス越しに3台の大型機械が見える。あれが現代のタイムマシーンとも言われるVR4型か。
思いが急速に工藤の熱を上げる。無性に彼女と会いたくなった。
自然児の工藤と違い、愛子は本を愛する文学少女だった。
読むだけでなく書くことも好んだ。近所に住んでいて毎日会っているのに、彼女はやたらと工藤に手紙をよこした。口下手な自分の思いが正確に伝わらないのが嫌だと言って。いつしか詩も書くようになり、彼女は高校でも文芸部に所属していた。
ないものねだりとはよく言ったもので、工藤と愛子は水と油ほどの違いがありながら、お互いを必要としていた。
彼女がいなくなってから、心にはぽっかりと穴が空いた。
工藤には妻と2人の子供がいる。だが長い年月をかけて自らを壊していく工藤に愛想をつかし、彼女たちは家を出た。20年前に死んだ愛子の幻影に悩まされ、身動きできない自分がもどかしかった。
「工藤様、準備が整いましたので、こちらへ」
立ち上がり工藤は柴崎の後に続いた。VR4型という機種に乗り込む。思ったよりも中は広く薄暗い。夜間飛行するジェット機のコックピットを思わせた。柔らかい素材の座席を少し倒しスチール製のゴーグルをつける。ヘッドフォンを装着したところで、「いってらっしゃいませ。良い旅を」柴崎が笑顔でウィング式のドアを閉めた。