元警察の大御所や政治家なども住んでいたため、今でも県警は十燈荘については及び腰な一面がある。別に圧力をかけられたわけではないのに、今だって藤湖トンネルを完全封鎖はしていない。検問を設け、出入りを監視するのみだ。
「犯人はいつでも逃げられる、か……」
深瀬は車を出て、藤湖の湖面に向かって呟いた。それでも、まだ十燈荘に犯人は留まっていると深瀬は考えていた。何故か、あそこの住民は十燈荘を出たがらない。
理由はわからないが、先程花屋の堀田まひるが言っていた通り、「十燈荘は素晴らしい」からなのだろうか。
十六年前にあそこで聞き込みをした際も、住民達は警察に非協力的で、皆一様に「ここは良いところだ」「他に住むなんて考えられない」と言っていた。
あまりにも頑なで、若かった深瀬はけんか腰に住民に接したりもした。それで、余計に歓迎されなかった。今はもう啖呵を切る余裕などなく、丁寧に話を聞くしかない。
そういえば深瀬は、かつて藤フラワーガーデンで働く若い頃の堀田まひるを見てもいる。当時はもっと年上の女性が店長だった。あれが堀田の母なのだろう。うろ覚えだが、堀田よりも静かで、美人とは言えないのにどこか人を惹きつける雰囲気があった。
それから、十燈荘エステートのことも思い返す。あの社屋は、十六年前にはなかったものだ。十燈荘がより排他的になり、ほとんどの店は潰れて、自治会の下働きをする会社として十燈荘エステートが残ったようだ。その社員も、十燈荘に住むことは許されず、藤市に住んでいるという。
一言で言えば、不気味な町だった。
藤湖と十燈荘には魔力があるように思える。そして、それは深瀬には見えない。深瀬に見えるのは、聞こえるのは、まったく別のものだった。
【前回の記事を読む】十六年前の「十燈荘妊婦連続殺人事件」で妻を庇って殺された最初の相棒。被疑者は火だるまになって死んだ
次回更新は10月23日(水)、21時の予定です。