眠れる森の復讐鬼
勿論普段も家でごろごろしているだけなので、特に入院生活がそんなに困るわけではない。食事の準備を心配する必要がないだけましである。ただ入院費用は親からの仕送りだけではどうしても足りない。だから入院のことを黙っておくわけにはいかなかった。
あの母親のことだから、息子が入院すると聞いたらすわ一大事と病院に押しかけてくるに違いない。裕子があの女医さんにどういうことか説明をしろと食って掛かったら大変だ。
ゴジラ対キングギドラ並みの好カードかもしれないが、周囲数十キロメートルは焼け野原になるだろう。それだけは避けなければいけない。単なる検査入院に過ぎないことを何度も彼女に電話で説明しなければいけなかった。
そんなことを思いながら彼が荷物を片付けていると、噂をすれば何とやらで裕子が早速面会に来た。
「一体どうしたの、あんた」
「どうもしないよ。電話で説明しただろ」
「だってあんた病気はもう治ったって言ってたじゃない。ひょっとしてまだ続いていたの?」
「大したこと無いよ。就活する前にはっきり診断をつけておきたかっただけさ」
「でも入院しないといけないってことは相当悪いんじゃないの?」
「検査が多いから一挙に入院でやろうっていうことさ。電話で言っただろ」
「先生に私が聞いてみようか」
「いや、やめて。先生からは俺がちゃんと説明を聞いたから。心配しないで、もう大人なんだから」
「そう。ところであんた、仕事はどうするの? お父さんも心配しているのよ」
「ああ、まあ・・・・・・今から考えるよ」
「そう。まあ、あんたが好きなことならどんな仕事でも母さんは応援するからね。はい、これ」
裕子は持っていたバッグからプラスチックのボトルに入った健康食品を取り出して無理矢理海智に手渡した。
「何これ、いらないって」
「いや、これ健康にいいんだって。友達から聞いたのよ。私もこれ飲んで最近体の調子がすごくいいのよ。騙されたと思って飲んでみなさい」
「入院中は勝手に健康食品とか食べたら駄目なんだってさっき説明されたばかりなんだよ」
ボトルを押し返された裕子は明らかに不満そうな顔をした。
「病院なんて当てになるかしら。前にあんたをいろんな病院に連れて行ったけど、どこ行っても分からない、分からないばかり言われて、仕舞にはこれは仮病ですとか言って全く相手にしてもらえなかったんだから。田舎だから藪医者しかいないのよ」
「とにかく大丈夫だからもう帰って」
海智は裕子の背中を押して部屋から追い出そうとした。
「せっかく見舞いに来てあげたのに薄情ね。そんなに押さなくても帰るわよ」
裕子はようやくドアを開けて病室を出ようとしたが、「あっ」と何かを思い出したようにすぐに部屋に戻ってきた。