一時間ほど過ぎ、それぞれの場の話題に熱が帯びてきた頃、テーブルを挟んで斜め前にいた小松乃梨子と目があった。彼女もそれまで話していたパート職員の大西敏子が、外務職員のグループの中に移っていったのを境に一人になっていた。彼女は、目の前の汗に濡れた瓶ビールを少し斜めにして中身を確認し、

「ビールでいいですか?」

そう言いながら手元にあった布巾で、今にも流れ落ちそうな雫を手早く拭き取ると、

濡れて波打つラベルの瓶を僕に差し出した。

「あ、はい……」

僕が答えると、彼女は手にしていた瓶ビールを片手に、空いている僕の隣の席に座った。そして泡だけが残っていた僕のグラスにビールを注ぎ込んだ。

「倉嶋さん。休みの日は、何をやってるんですか?」

その言葉をきっかけに、彼女が映画好きであることや休日はよく一人で映画を観て過ごしていること。さらには「浜田省吾」が好きなことなどを実に自然な形で話し始めた。そして互いに共感できる部分が数多くあることを知ることになった。

こうして職場での最初の歓迎会と懇親会は、彼女との交流が始まるキッカケとなった。そのことは素直に喜ぶべきことではあった。が、ただ懇親会で決定した「夏祭りカラオケ大会」に郵便局代表として歌を唄うこと。それが僕であることは動かしがたい事実である。半ば一方的に、自慢のノドを披露する羽目になろうとは……。

六月が終わろうとする頃には、生来のネガティブ思考が頭を擡げ、僕は自己嫌悪に陥っていた。

「何を歌ったらええんやろか……」

僕がため息まじりに呟くと

「年寄りが多いから、若い人の歌はご法度やで!」

「とにかく演歌や!」

「そうや! 北島三郎がええな! 『祭り』!」

「あんたの『祭り』が聞きたいなあ!」

母の言葉は、立て板に水という表現がピッタリと嵌る。僕が夏祭りで歌うのを、一番喜んだのは母であった。既に近所の友達二人にも声を掛けていた。

「ちゃんと上司に頼んで、三人分の席を確保しといてな!」

六月の後半は梅雨の糸を引くような雨の中を、

(まるで濡れた靴で歩いている)

そんな気分の悪さを抱えたまま過ぎていった。