Ⅰ 東紀州 一九八七 春

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ようやく司会の久保局長代理の音頭で宴席が始まった。

殆(ほとん)どの宴会では最初にビールのグラスを掲げて乾杯をする。そのあと若手社員は瓶ビールを片手に、上司や先輩を廻るのが宴席での流れであろう。

この日も麒麟の絵柄のビールの大瓶が、テーブルの料理の合間に隙間なく並べられていた。個人的には、「黒いラベルに星のマーク」が好みであったが、取り敢えず自らの挨拶と打ち合わせが済んだ。頃合いを見計らい麒麟の瓶を片手に各職員の席を一廻りした。

局長から始まり、アルバイト職員を含む内・外職員に一人ずつ手にしたビールを差し出す。すると、必ず声が掛かる。

「カラオケ大会、期待してるぞ!」

その度にビールを持つ手が重くなっていく。

「よろしくお願いします。なるべく早く仕事を覚えたいと思います」

カラオケ大会へのプレッシャー。声を掛けられる度に不安が増していく。

「それから、歌は期待しないでください」

挨拶の度に予防線を張り、必死の照れ笑いで重圧を押し込める。何とか各職員への挨拶を済ませ、悪酔いしそうな気分のまま自分の席に戻った。

僕はアルコールについては、どちらかといえば好きな方であった。前の職場でもよく飲んだが、この日は、深酒をせずになるべく早く席を切り上げることを考えていた。

しばらくすると隣に座っていた局長が席を離れていった。局長代理の久保と話を始めている。気が付くと各々に酔いが回り、自然に気の置けない職員同士が車座になっていた。時折大きな笑い声が聞こえ、話に花が咲き始めている。