アイアムハウス

十燈荘は、百年ほど前に藤市が別荘地として開発した地域だ。藤市から十燈荘への道は、藤湖トンネル一本だが、そのトンネルも百年前に造られている。

関東大震災やその後の地震でも被害が出なかったということもあり、トンネルを抜けて藤湖の湖面が眺められるそのルートは、神の道とも呼ばれている。

戦前から戦後にかけて十燈荘は、富裕層の他に、下働きとして雇われたたくさんの人々が住んでいた。彼らはみんな、眺めの良い丘の上ではなく、この会社のような藤湖のすぐ傍に住んでいたのだという。

十燈荘では、下に行くほど階層が低いと見なされる。やがて、住民ではない働き手は車で十燈荘に通うようになり、店はどんどん減っていった。

十燈荘は藤市の一部で特に行政的に区切られた地域ではないので、区長といったまとめ役はいない。自治会はあるが、トップを決めるのも角が立つということで自治会長もいない。しかも、住民は道路脇の草取りやゴミ捨て場の管理などをやりたくない。

そういうわけで、自治会から雑用を一手に引き受ける会社として、十燈荘エステートが設立された。

元植木屋で、いまは何でも屋である。昔は回覧板代わりに各家に連絡を書いた手紙を配っていたが、今はインターネット上に連絡を掲載するだけなので随分楽になった。その仕組みがじゅっとう通信であり、住民同士が雑談できる場でもある。

十燈荘の住人は、入会金百万円、月額十万円の自治会費を払う必要があり、その自治会費が十燈荘エステートの収入になる。

そして、住民からの要望に何でも応えるのが十燈荘エステートの業務である。道ばたの雑草を刈るのも、庭木の剪定をするのも、各家を回ってゴミを収集するのも、買い出しの代行も、パーティーの手配をするのも、子どもを学校や塾へ送り迎えするのも、仕事の範囲内だ。その依頼も、じゅっとう通信を通じて行われる。