トラックが松本を抜け、深い谷間にさしかかった頃にはもう夜になっていた。エンジンが唸りを上げ、時々ラジオの音をかき消した。ライトに照らし出される路はくねくねと曲がって、まるで今の自分の心のようだと思っていた。

正太は何も気づかず一心にハンドルを握っている。上高地の脇を抜けて飛騨高山へと至る国道は名うての難路だった。ベテランの正太といえども気の抜けない道だった。だがダムをいくつか渡ると村が近づいて路も少し広くなる。

「もうすぐ沢渡だ。そこから山道に入るんだ、静かでいい所だぞ」

      

正太は煙草を吸いながらそんなことを言った。車窓に映るのは右も左も漆黒の闇ばかりだ。こんな所に村なんてあるのか知らんと思っていると、ぽつりぽつりと街灯が目に入ってくる。それが沢渡の集落だった。

「あと二十分で白骨だ。まだ八時半か、今日はのんびりできるぞ」

そう言うと正太は国道を外れて脇道に入った。山陰に入ったらしく間近に闇が迫り、エンジンの唸りが一段と高くなった。どうやら急坂らしい。トラックは延々と坂を登り続けた。

瀬音が轟々と響いていた。遠くに二三の灯が見えるほか、辺りは足元も覚束ない程の闇だった。目が馴れると雲の隙間から星の瞬きが見えた。

「この階段を下っていくんだ」

正太は懐中電灯の明かりを頼りにひょこひょこと階段を降りていく。

「白骨っていうけど、昔この辺りに骸骨でも転がってたのかなあ」

正太の声は瀬音に途切れがちだ。骸骨は無言で下っていく。下へ着くと一層瀬音が耳についた。正太は懐中電灯で脱衣場や湯船を指し示した。棒状の灯火に照らされて、崖の下に岩を刳り貫いたような小さな湯溜りが見えた。