アイアムハウス

静岡中央市と藤市の境目に位置する藤湖は、古来国内でも随一の透明度を誇る湖で、観光地としても高い人気を誇っていた。

藤湖は、傍で見るよりも高いところから見下ろした方がより景観が楽しめると言われ、まさにその絶景を堪能できる十燈荘は、高級別荘地として名が知られていた。

さらに言えば、暗黙のルールとして、住民にはいくつかの階級が存在すると噂されていた。住民の多くは各業界で成功を収めた者達や、資産のあるリタイア組、あるいは国外の富裕層と言われている。

観光客の受け入れどころかよそ者の移住をも極力拒むこの町は、排他的であることでも有名だ。

その唯一の例外は、四月から五月にかけて街全体が紫の藤の花で埋め尽くされるふじ燈篭祭だった。

夜、燈篭を藤湖に浮かべたり、あるいは夜空に飛ばす伝統行事で、藤湖の湖面に光が反射して映る姿はまさに日本の絶景と言える。それ以外の日は、近所の住民が井戸端会議する場すら見当たらない。

それぞれの家が広く、車も持っているため、歩いて外出する者など滅多にいないのだ。学校へ通う生徒すら、車での送り迎えが前提である。

丘の上を段々状に幾重にも高級住宅が建ち並ぶ、その舗装された道を車で深瀬は下りていった。

秋吉家は、十燈荘に住むにはどう見ても資産が足りない家だ。それでもここの住人だった理由を深瀬は考えていた。