第五章 心の底

「ほんとうに貧しい人を救おうとする人は、自分のお金を出したり、自分でお金を集めたりするもんだよ」

ステージでの演奏がいったん止んで、敬明の声が、よりはっきり聞こえるようになった。

「墾野准爵は他人(ひと)に責任を押しつけて、自分はできもしないきれい事ばかり言う人間なんだよ。実際に問題を解決しようと矢面に立って、泥をかぶって、必死に闘っている人にケチをつけて、そうすることで、自分は誰よりも立派だという顔をするんだ。でも俺がほんとうに腹が立つのは、そういう人間を立派だともてはやす連中なんだよ。墾野准爵のような人が尊敬される社会は、おかしいと思う」

ステージからは、再びにぎやかな音楽が流れはじめた。

家に帰って、台所で夕食の支度にとりかかっていると、星炉さんが帰ってきて、新聞紙に包まれた物を持ってきた。

「これ、近所の方からいただいたのよ」

そう言って包みをとくと、半分に切られたカボチャがあらわれた。

「この品種はすごく甘いんですって。蒸(ふか)し芋みたいにしてくれる?」

「はい」

星炉さんが台所から出ていくと、わたしはさっそくカボチャを切ろうとしたが、なんとなく、カボチャが包んであった新聞紙が気になった。

拡げて皺を伸ばしてみると、やっぱり『告壇』だった。わたしは怒りがこみ上げてきたが、どのような記事が載っているのか見てみた。

真っ先に目についたのは、『荻里(おぎさと)元爵、憐れ耄碌(もうろく) 隠しきれぬ奇行』という見出しと、見覚えのある老紳士の顔写真だった。

荻里元爵は、八年前の戦争のとき首相だった人である。いまでも影響力があるらしい。わたしはその見出しを見ただけでうんざりし、それ以上見る気もしなかった。

どうせ嘘だろう。事実をねじ曲げて、大げさに書き立てているのだろう。

それともわたしのときのように、元爵が蒐優社にとって都合の悪い真実を言ったために、その言葉を信じさせまいとして、こんな記事を出したのかもしれない。