第六章 陰のない楽園
一
朝起きてすぐ障子を開けたら、外は小雪が舞っていた。雪はすでに、地面が隠れるほど積もっている。
わたしは寒さに逆らうように、きびきびと動いて身支度をした。今日は午後から、集井卓中将が来る予定である。
昼過ぎ、わたしが台所にいると、突然、玄関の戸を激しく叩く音がして、どきっとした。呼び鈴を鳴らさないで、一体誰だろう、と思いながらも小走りで玄関へ向かうと、
「星炉さん、星炉さん!」と、男の人の切迫した声がした。
急いで覗き窓から外を見ると、見覚えのある男の人が立っていた。集井中将の運転手である。不吉な予感がした。
わたしは玄関の引き戸を開け、「どうされました?」と聞きかけて、思わず悲鳴を上げた。
運転手の両手に、血がべっとりついていた。運転手はもどかしそうに、
「集井中将が刺されたんです、すぐに救急車を呼んでください!」と叫んだ。
わたしは反射的に、二階の星炉さんの部屋へ駆け上がった。電話はそこにある。
わたしが襖(ふすま)の前で、
「奥様、ちょっとすみません」と声をかけると、中から、
「どうしたの?」
ややのんびりした声がした。わたしは違和感を覚えながらも答えた。
「集井中将が刺されたそうです。いま運転手の方がいらして、すぐに救急車を呼んでほしいそうです」
【前回の記事を読む】その国が負けて喜ぶのは誰?-「戦争に負けても、立派に戦えたならそれでいい」なんて言う中将は、無能なだけだと思っていたが…
次回更新は10月12日(土)、11時の予定です。