第六章 陰のない楽園

妙な沈黙があった。ひどいショックを受けたのだろうか、もっとちがう伝え方をした方がよかったのだろうかと心配になったが、襖が開いて、星炉さんは、

「お怪我はひどいの?」

と聞いてきた。

「運転手の方は、すぐに救急車を呼んでほしいとおっしゃってます」

そこではじめて、星炉さんはひどく不安そうな表情になった。星炉さんはそろそろと、電話の方へ行った。

わたしはそれを見て、下へ降りた。運転手はもういなかった。わたしは下駄をはいて、外へ駆け出した。

午前中、一旦止んでいた雪は、また降り出していた。集井中将が来る方向へ走っていくと、ちょうど角を曲がった所で、車が縁石に乗り上げていた。やや離れた所で、身なりのいい老婦人が不安そうな様子で、遠まきに見ていた。

車は前の窓ガラスに大きなひびが入り、後部座席の窓ガラスは粉々に割れていた。

集井中将は車から転がり落ちたような格好で、ぬかるんだ地面にうつ伏せに倒れていた。黒の外套に雪が降りかかっては、すぐに消えていった。

集井中将は、まったく動かなかった。もう助からないのだろうか。道には血がいっぱい出ていて、そばの塀には、手についた血糊をこすりつけたような跡があった。犯人のものだろうか。わたしは身震いした。

わたしは、集井中将が少しでも動いてくれないかと思いながら、恐る恐る、その手を見た。中将の手は、農民の手とは全然ちがっていた。爪に泥がこびりついていて、苦痛のあまり、地面をかきむしったような汚れ方だった。

そのとき突然、わたしは、あの落雷事故のときにへたり込んだ地面を思い出した。わたしは、自分がいまどこにいるのかわからないような感覚にとらわれ、その場に立ちつくしていた……。