いや、それよりもっと根本的に、刻苦勉励の鑑(かがみ)のような荻里元爵のことを、嘲(あざ)笑っているのかもしれない。

荻里元爵は破産した橙爵家に生まれながらも、地道な努力を積み重ねて首相になった人である。明るく気さくな人柄でも知られていた。

フルグナとの戦争に勝利し、国を守った荻里元爵のことは、村ではとても尊敬されていた。でも、豊殿の文化人といわれるような人たちは、きらっていた。そのきらい方というのがまた、陰湿だった。

わたしは台の上に新聞を放り出して、それを睨みつけていたが、何気なく顔を上げて、はっとした。星炉さんが戸口に立って、訝(いぶか)しそうにこちらを見ていた。

「すみません。お呼びでしたか」

「夕食は三十分遅くしてちょうだい。……どうかしたの?」

わたしはゴキブリを指差すようにして言った。

「あの、これ、『告壇』なんです。前に、わたしを中傷する記事を載せてたんですけど、今度は荻里元爵を中傷する記事が出ていたので……」

星炉さんは新聞を手に取ったが、たいして興味なさそうに眺めたあと、

「わたし、もしかしたら、荻里元爵と結婚してたかもしれないのよ」と言った。無表情だった。

そして、「わたしも若い頃にもっと分別があれば、ちがった人生があったかもしれないわね……」と、謎めいたことを言いながら、去っていった。

……独り言だったのかもしれない。