その牢人、猪狩はその源五郎の思惑に反して、気取(けど)られたか?と源五郎の意識がこちらに向いている事に気が付いた。

源五郎としては、じろじろと見て相手に不快な思いをさせまいとの配慮からだったが……。

菅笠を目深に被った源五郎がその時、店頭の器に当たりそうになった鞘尻(さやじり)に気づいて、鞘の鍔元(つばもと)を握った。

瞬時にこちらの害意を読み取られた……と猪狩は見た。

いくつかの偶然と誤解が重なっただけなのだが、猪狩は源五郎を、只者ではない……と判断したのだ。

これは小童と侮っては危うい。

と源五郎同様、猪狩も塗傘を目深に被り、二人は人を挟んですれ違った。

その時初めて源五郎は、この牢人は俺を見ている……と気が付いた。

後ろに遠ざかって行くだろう牢人の姿を、下を向くように振り返り見ると、牢人は人込みの中に消えていた。

源五郎もまた、かの牢人を、只者ではない……と感じ取った。

「熊吉、もうよかろう。先を急ごう」

何も気づいていない熊吉は能天気に応える。

「分かりましただ」

二人は市を出て往来の激しい炎天下の街道を、西へと歩き出した。

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