「お久しぶりでございます。清三郎様」

凛とした姿勢で、早苗は清三郎に挨拶した。ほんの少しだけ早苗の目と髪は色が薄い。本人は近所の悪ガキに揶揄われるので気にしていたが、光が当たるとキラキラと光る様子が美しく、いつも清三郎は見惚れていた。

「早苗殿、ご健勝そうでなにより」

もっと他に言いたいことが山のようにある。それなのに自分の口から出てきたのは当たり障りのない言葉であった。

「早苗は、嫁入り先が決まりました」

キリリと意思の強そうな眉をしかめながら、早苗はその言葉を紡いだ。清三郎が長年恐れていた言葉だった。早苗の話によると石高百二十石ほどの家で、父方の遠縁にあたる長尾昇之助という男に嫁ぐらしい。今は無役らしいが近くお役に着くことが決まっているそうだ。一度会ったが中々の好青年だったという。

「それはめでたい。もう早苗殿などと気軽にお呼びできなくなりますな」

清三郎は顔になんとか笑みを張り付け、声が震えそうになるのをなんとか押さえ込んだ。己が上手く笑えているか、それが気がかりだった。早苗の実家、松井家の禄高からすると百石の長尾家への輿入れは玉の輿と言える。早苗は良縁に恵まれたのだ。祝わなければならない。

「清三郎様に、お返ししたい物があるのです」

真剣な顔をした早苗が、懐から紙入れを取り出し、懐紙に包まれた何かを取り出した。そっと開かれた懐紙の中には紙でできた人形が入っていた。千代紙で出来た人形は少し歪んでいる。当然、職人の手によるものではない。六つの頃、清三郎が折った人形だ。

早苗は二人の姉と弟の四人兄弟だ。三女である早苗の雛人形は当然なく、代わりの人形すら弟の初節句の費用を工面するために買ってはもらえなかった。人形を欲しがった早苗に昔から手先が器用だった清三郎が、店先で見かけた紙の人形を手本に折ったものだった。

「今まで、大事にしてまいりましたが。嫁ぎ先に持ってゆくわけには参りません。御迷惑かもしれませんが、清三郎様にお返ししたいのです」