「身代守(しんだいもり)」
母は一家の太陽であった。明るく朗らかな人で、少々後ろ向きに考えすぎる父をそっと励ますような人であった。父も母がいれば穏やかであった。
流行り病にかかり、日に日に弱っていく母を見るのが辛かった。ついに母がこと切れた時、父は顔を歪めながら涙を堪え、源次郎と清三郎は声を上げて泣いた。
そのとき、新之丞はやはり泣いていただろうか、清三郎は思い出せなかった。長兄の様子を気遣う余裕など幼かった清三郎には無かったのだ。
新之丞は泣きわめく源次郎と清三郎の手をギュッと強く握った。そしてそっと抱き寄せ、あやしてくれた。それはしっかりと憶えている。あの時と変わらず新之丞は、源次郎と清三郎をずっと気にかけてくれていた。
しかし、新之丞が口やかましいからと、二人は長年、新之丞を避けていた。
(本当に、それだけが理由であっただろうか)
源次郎と清三郎は、母亡き後、父の愛情を一身に受けた新之丞をどこかで妬んでいたのではないだろうか。故に兄を兄弟の輪から排除しようとしたのではないだろうか。
(父上と叔父上の諍いを見て、うんざりしていたはずだ。立派な叔父を妬み、いがみ合っている父を軽蔑すらしていた)