清三郎も困り果ててしまった。武家の男児たるもの、買い物で行列に並ぶなど褒められたものではない。童ならまだしも、二人とも元服を済ませた立派な大人である。
伴でもいれば、その者に買いに行かせればいいのだが、貧乏旗本の次男、三男である二人は伴を連れて出歩くような御身分ではなかった。武家の身分を笠に着て、行列を押しのける者もいるが、そのようなみっともない真似など出来るはずもない。
「もし、若様方、井口家のお方ではありませぬか」
呼びかけられて振り向くと、三十過ぎくらいの女が立っていた。特に特徴の無い顔立ちだが、右の目元にホクロがある。清三郎はなんとなく見覚えのある顔だと記憶を辿った。
「松井家にお仕えしておりますお六でございます。お久しゅうございます」
松井家のお六といわれて、清三郎はやっと思い出した。幼馴染、早苗の女中である。幼いころ、夕方になると早苗をいつも迎えに来ていた。
「これは、久しいな。早苗殿は息災か」
「はい、お嬢様はお健やかでいらっしゃいます。今日はあちらに」
そう言いながら、お六は向かいの茶屋に目を向けた。清三郎がつられてそちらを向くと茶店の店先の席、そこに早苗が座っていた。
キリリとした目元、スッと通った鼻筋が美しい。島田髷に髪を結いあげ、朱色の手絡(てがら)(髷の根元にかける飾り布)を付け、銀の簪を挿している。淡紅梅色の小紋の着物に合わせているのは、若緑色で市松文様の帯だ。ここまでしっかりと早苗を見たのは、七つの頃以来である。
一瞬、早苗と目が合ったように思えた。
【前回の記事を読む】腰を落とした香取神道流の構えの兄と正眼の構えの兄二人による立ち合いは決着が着かず…
次回更新は9月22日(日)、11時の予定です。