「身代守(しんだいもり)」
新之丞の香取神道流仕込みの斬撃はすさまじく、竹刀で受けたら間違いなく竹刀が折れる。木刀とて生半可な相手が握っていれば新之丞にとって折ることなど容易い。
源次郎は手持ちが無いからと竹刀で相手をし、早々に負けて切り上げるつもりだったのだろう。しかし、佐太郎が木刀を渡したのでそれも出来なくなってしまったのだ。
こうなったら、引くに引けない。源次郎は兄と真剣に勝負しなければならなくなった。源次郎も直新陰流の牧野道場門下の中で三本の指に入るだろうと言われる使い手。
竹刀や防具を使った新しい剣術修行のやり方で流行り、門下生が百人近い道場での三番であるから、源次郎は並みの使い手ではない。俊敏な足さばきを得意としながらも重い斬撃を繰り出す源次郎の剣は侮りがたいと評判だ。
新之丞は腰を落とした香取神道流の独特の構え、源次郎は正眼の構えだ。両者は睨み合い、ジリジリと間合いを詰めた。
源次郎が先に動いた。鋭い突きを繰り出す。新之丞はそれをかわし、激しい斬撃を新之丞に浴びせた。源次郎はそれを木刀で受ける。僅かに木刀を斜めにずらし、斬撃の衝撃を受け流した。木刀が折れるのを防いだのだ。
その後、新之丞は合わせた木刀をそのまま素早く滑らし、源次郎の喉元に刀を突きつける。その意図に気が付いた源次郎がそれを弾き返す。
源次郎の剣は風に揺れる柳のように軽やかでありながら、研ぎ澄ました刀のように鋭い。一方、新之丞の剣はそびえ立つ城郭のように堅牢で、隙が全くない。結局、二人の立ち合いは決着が着かず、二人とも息が上がった所で佐太郎が水を持ってきた。
「お水をお持ちいたしました」
佐太郎の声が合図となり、二人は剣を引いた。濡れた手ぬぐいで二人は汗を拭う。清三郎もホッと息を吐いた。