兄達の立ち合いは鬼気迫るものがあった。桝井屋からの申し入れに関して、あの日以来、新之丞が口にすることは無かったが、時間を見つけては源次郎と清三郎と共に過ごすようにしているようであった。源次郎と立ち合いをするなど今まで無かったことだ。
手ぬぐいと盥をもって台所に向かおうとした佐太郎を清三郎は追いかけた。佐太郎を呼び止め、純粋な疑問をぶつける。
「源次郎兄上と立ち合いなど新之丞兄上は、どのようなおつもりであろうか」
新之丞に生まれた時から仕えている佐太郎ならば、何か知っているのではないか、もしくは心情をくみ取れるのではと思ったのだ。
「お寂しいのでございますよ。源次郎様と清三郎様が遠くに行かれるようで」
佐太郎の言葉に、清三郎は驚愕した。あの長兄が、源次郎と清三郎が居なくなるのが寂しいなどと本当に思っているのだろうか。清三郎が疑心に満ちた顔をしたためだろう。佐太郎は笑って、兄の本心を告げた。
道場に通うようになってから源次郎と清三郎は正助とつるむようになり、桝井屋に入り浸っていた。まるで弟達を取られたようだと新之丞は佐太郎によく溢していたらしい。かといって父の手前、新之丞まで一緒に桝井屋に入り浸るわけにいかない。
「もし、お二人が桝井屋殿の申し出を受けたなら、桝井屋でどのような扱いを受けるのだろうか、ぞんざいに扱われはしまいか。お話を受けたことで殿に厳しいお叱りを受けないか。断った場合は、無事に養子先を見つけられるか、最近はいつもそうお考えのようです。
養子先も必死に探しておいでで、何度も深山家に足を運ばれております。若様はずっと後悔しておいでです。奥方様が亡くなられたばかりの頃、手習いや算術にかまけて、側におれず、寂しい思いをさせたのではないかと。
いつもお二人の側におられた訳ではありませぬが、若様はお二人をずっと気にかけておられます。殿のご期待に応えようと懸命に武士らしくあれと自身を律されている方です。言葉にはお出しになりませぬが、若様のお気持ち、どうかお察しくださいますよう」
深々と佐太郎は清三郎に頭を下げた。佐太郎の言葉は、清三郎に母が亡くなった日の事を思いださせた。
【前回の記事を読む】優秀な分家より本家の息子を跡取りにする為に正助は武家の兄弟を頼る。しかし兄弟は押し黙ってしまう。
次回更新は9月15日(日)、11時の予定です。