雪舟が、さらに踏み込んだ。

「今、北の国境の向こうはどうなっている?」

「聞いて驚くな。最新の情報では、地上八十個師団、戦車、機械化旅団が四十個、三十二個飛行師団、これらが、兵員百七十五万、戦車四千両、自走砲二千門、飛行機五千機以上を抱えて、スターリンによる満州への攻撃命令を待っているんだ」

アイザックは、腕を組んで顔をしかめた。

「凄まじい軍事力だな……」

エドゥゲーフは、三人の顔を見比べた。

「じゃあ、どうするんだ。満州から逃げるか?」

雪舟は、相変わらず落ち着き払っている。

「いや、もう手遅れだ」

エドゥゲーフは、ソファに座るニコライの横顔に視線を向けた。

「でも、日ソ中立条約があるだろう?」

ニコライは、馬鹿にしたように右手を軽く振り払ってみせた。

「そんなもの連中が守ると思うか? そして、奴らは恐ろしく決断と行動が早い」

雪舟は冷静な表情でガラステーブルの天板を眺めている。

「多分、明日かあさってぐらいだろうな」

「それだけじゃない。もう一つ重要なことがある。ソ連としては、ヨーロッパ方面の終戦処理のため、向こうの主力部隊は動かせない。だから、兵員不足を補うため、連中は、苦肉の策を打った」

エドゥゲーフの顔がこわばった。

「どういうことだ?」

「ソビエト中の刑務所の囚人達を戦力に組み入れた。その中には、連続殺人犯、強姦魔他、死刑が決まっていたような凶悪犯も大勢いる。そういった奴等が百七十五万の兵力のかなりを占めている。そして、ソ連軍には、兵の暴走を止める規律が、ほとんど存在しないと言う。