黒毛和牛のハナ

ヤギの大ケガ

その後、縫(ぬ)い合わせた傷口(きずぐち)を赤チンで消毒(しょうどく)して、緊急(きんきゅう)手当が終わりました。ケガの出血は相当あり、周りの土が真っ赤な血の色に染(そ)まっていました。

しっかりと縫(ぬ)ってあったのか、不思議なことに傷口(きずぐち)からの出血が止まったようです。

使用人の吉田さんが、「ヤギ小屋は掃除(そうじ)しておきました」と言うのを聞いて、おじいさんが「さあ、ヤギ小屋へ運んでやろう」と言って横たわったままのヤギをむしろに乗せて、吉田さんとおばあさんと一緒(いっしょ)にヤギ小屋に運びました。

ヤギ小屋はきれいに掃除(そうじ)されていて、新しい敷(し)きわらの上にヤギをゆっくりと横たえました。ヤギは息をしていますが、起き上がろうともしません。

「牛の前につないだばっかりに、大ケガをさせてしまった」とおじいさんは気を落として悔(く)やんでいました。ところが、2日後、起き上がったヤギはエサを食べ始めたのです。

気分も良くなったのか、外に出たい仕草(しぐさ)をします。首輪にロープをつないで扉(とびら)を開けると、ヤギはゆっくりと歩き出しました。

「もう大丈夫(だいじょうぶ)だ」

おじいさんはそう言って大きく息を吸(す)い込(こ)んで吐(は)き出しました。

「薬も使わないのに感染(かんせん)しなかったし、縫(ぬ)ったのは初めてなのに、血が直ぐに止まってくれた。動物の回復力(かいふくりょく)は凄(すご)い」と続けました。

「ヤギの周りの血の海を見たときは、心臓(しんぞう)が止まりそうでしたよ。一時はどうなることかと思いました」とおばあさんもうなずき喜(よろこ)びました。

純二は、「おじいさんの言う通りだね。角のひと振(ふ)りで大きなヤギを振(ふ)り飛ばすのだから、ハナの力は凄(すご)く強いね。近づかないようにしよう」

とあらためて決心しました。

おじいさんは、「ヤギが助かって良かった、良かった。私(わたし)は手術(しゅじゅつ)の才能(さいのう)があるかもしれないね」と勝手なことを言って皆(みんな)を笑わせました。

この事件(じけん)以来、決してハナと同じところにヤギをつながないように気をつけていました。このヤギはその後、何年もおじいさんの家で飼(か)われていて、毎年仔(こ)ヤギを産んでヤギ乳(にゅう)を出して皆(みんな)に飲ませてくれました。