どうやら駅近の物件は意識が高いタイプが多く、相手からの要望も多い傾向にあるらしい。確かに俺の条件は、駅から十分圏内となっており、駅近といえば駅近なのであろう。駅から離れると少々不便ではあるが、このまま断り続けられるのも困りものだ。その提案をのんでみることにした。

そして、新たに紹介されたのは駅から徒歩二十五分の物件だった。駅から遠いこと以外は概ね条件をクリアしているものの、不便そうだなと若干の不安が残る。そこまで乗り気になれぬまま見学へと向かった。

試しに駅から歩いてみると、ウォーキングをする人が多く、綺麗に整備された道が続いており、思っていたよりも歩くのは苦にならない印象だ。肝心の物件はというと、これまで見ていたものよりも静かな上に広さもあり、駅から離れているが故のメリットが詰め込まれていた。

最初の気持ちは覆(くつがえ)り、ぜひ話を進めたいと思ったが、果たしてどうなることやら……。三度目の正直となるか、はたまた二度あることは三度ある、となるか……。

やはり連続して断られると、自信をなくすものである。相談所から返事の連絡が来るまではなかなか落ち着かず、駄目だった時のことばかりを考える。俺も案外、小心者なのだ。

そして、待ちに待った電話が鳴った。

「おめでとうございます。お相手からもよいお返事をいただきました!」

ようやく聞けた言葉に、俺の心は高鳴った。これで話が進められる。

その先はとんとん拍子だった。賃貸契約の審査にも無事に通り、引っ越し業者の日程も決まった。あとは荷物をまとめるだけだ。引っ越しといっても身軽な独り身のため、さほど大変ではない。ここまで来たら、もう終わったも同然だ。

物の気持ちがわかるようになった今、世の中は以前よりも一層平和になった。突発的な事故や不運な出来事が減っただけではなく、犯罪者も減ったのだ。なぜなら、物が証言者になれる時代である。逮捕率も一気に上がり、罪を犯す者も減少した。

だけど閉塞感は否めない。新しく入居した家で、盛大に屁をこくこともはばかられるのだから……。

科学技術の進歩で人々の生活はどんどん便利になっている。しかし、便利とはある意味不自由でもあるのだ……。

【前回の記事を読む】物件探しの未来。求められるのは、借り主と家の双方の気持ちの合意。

本連載は今回で最終回です。

 

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